先端テクノロジー・デジタルメディアとデザインの関係性。

電子メディアのプロデュースなどを手がけるグラフィックデザイナー・永原康史。
ユビキタス環境における情報デザインの可能性を探る研究者・脇田玲。
ともに大学で教鞭を執る研究者であり教育者という立場を持つ二人に、
デザイン言語とは、最新技術やメディアとデザインの関係・可能性、
そしてデザイン教育について語ってもらった。

取材/+DESIGNING編集部 文/藤本りお 写真/弘田充

この対談は「Adobe Education Vanguards」 とデザイン専門誌『+DESIGNING』(毎日コミュニケーションズ)との共同企画です。

+Designing 11月号掲載の同対談記事の続きは、2ページ目からとなります。
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脇田 玲(わきた・あきら)

慶応義塾大学環境情報学部准教授

ヒューマンインターフェイス、3次元CAD、スマートテキスタイルなどの研究に従事。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。著書に『デザイン言語 入門 - モノと情報を結ぶデザインのために知っておきたいこと』(慶應義塾大学出版会)、『デザイン言語2.0 - インタラクションの思考法』(慶應義塾大学出版会)がある。日経アーキテクチュアデジタルデザインコンペ最優秀賞、MMCAマルチメディアグランプリ情報デザイン賞などを受賞。

永原 康史(ながはら・やすひと)

グラフィックデザイナー

グラフィックデザイナー、多摩美術大学情報デザイン学科教授。京都市立芸術大学大学院博士後期課程満期退学。愛知万博政府出展事業「サイバー日本館」、スペイン・サラゴサ万博日本館サイトのアートディレクターを歴任。著書に『デザイン・ウィズ・コンピュータ』(エムディエヌコーポレーション)、『日本語のデザイン』(美術出版社)など、共著に『デザイン言語』(慶應義塾大学出版会)、『創造性の宇宙』(工作舎)など。MMCAマルチメディアグランプリ最優秀賞など受賞。

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デザイナーの持つ言語、という考え方

──脇田先生は10月に『デザイン言語 入門 ──モノと情報を結ぶデザインのために知っておきたいこと』を出版されますよね。そもそも、デザイン言語というのは……。

脇田 デザイン言語というのは、デザイナーやアーティストが思考過程の背後に持っている言語だといわれてます。僕の職場・SFC(慶応義塾大学 湘南藤沢キャンパス)では、それを課目名にして、デザインの基礎課程にしているんです。僕は統括役を後藤武先生から引き継いで今に至っています。立ち上げに関しては永原さんの方がご存知ですよね。

永原 SFCには、自然言語と人工言語という二つの言語分野があって、そこにもう一つの言語体系を作ろうという話だったんです。僕はその前から、コンピュータアートの授業をSFCで持っていて、デザイン言語という課目を始めるから、そこでワークショップをやってくれないかと。立ち上げから5〜6年くらいですかね、デザイン言語ワークショップのひとつを受け持っていました。

脇田 デザイン言語のカリキュラムで基礎論という授業があったんです。認知科学や情報工学など、様々な分野からの知見を集めると、実はデザイナーやアーティストが無意識に、あるいは意識的に使っている考え方と結び付く。そこで、感覚的なものを理論的に分かったという実感を持って創作作業ができないものかと。そのための理論をまとめたのが今回の書籍なんです。情報を用いたデザインや、メディアそのものをデザインするといったことに対して、その背景にあるデザイン言語を考えていこうというスタンスなんです。

永原 ここ10年ほどでデザインという言葉の持つ意味が大きく変わりましたよね。いわば「デザインブーム」があって、デザインの枠組みが拡がってきた。それまで僕らデザイナーがやってきたのは、造形を通して何を実現するか、ということだったと思うんですよ。本来デザインというのは何もないところにあるものではなくて、例えばAとBという二者の中間を取り持つものなんです。しかし、良くも悪くも、デザインだけを一人歩きさせてきたのが、この10年だったと思います。そういった中で、デザイン思考を、「言語」と割り切って考えるのは面白いと思いましたね。

脇田 今、企業ではデザインの作法を戦略的に使っていますよね。経営じゃなくて、デザインを学んだ人が企業を変えていくというように。このような動きは今後多くなると思うんですね。デザイン思考やデザイン言語を理解すれば、デザイナーだけでなく、いろいろ人が思考の道具として使えるかもしれない。その可能性はあると思うんです。

永原 デザインはもともと、技術だったんだけど、それを思考であるととらえ直した時に、何にでも使えるようになったということですよね。

脇田 そうですね。あとは、社会が複雑化していて、技術や政策だけで問題を解決できなくなってしまったという側面もあると思うんですよ。それで、いろんな人の英知を集めて調停する、それが実はデザインの役目じゃないかということに気付き始めた。デザイン部門を持つような大きな会社では、デザイナーには調停屋・繋ぎ屋的な仕事もあって、それが組織において不可欠な要素になってきたというところに、必然性を感じますね。これから科学やテクノロジーが進歩すればするほど、デザイナーの仕事は、調停役としてのウエイトが高くなっていくと思います。

テクノロジーの多様さとデザインの役割

脇田 僕は四年間ほど布の研究をしているんですが、今作っているのは、触ると布の色が変わって、その跡が残るものなんです。例えば指のシルエットとか。まだ自分もどう扱っていいか分からないシロモノなんですけど(笑)。何で作ろうと思ったかというと、非発光で色が変わる素材を作ろうと思ったんですよ。

永原 非発光?

脇田 昔、LAで開催されたSIGGRAPHというCGとインタラクションのイベントで、ピカピカ光る服を着て学生と僕と二人で歩いたことがあったんですね。その時、とっても恥ずかしかったんですよ。どうしたらこれをもっとまともなものにできるんだろうと思った時に、光らずに色が変わる素材を作ろうと。発色はちょっと悪いんですけど、一応RGBで色が変わるようになってるんです。

永原 へえ〜。

脇田 電気を流して、温度でRGBをコントロールするんですけど、1枚の布が1つのピクセルになっているんですよ。それでコンピュータのディスプレイのように、図柄を映し出すことができる。これを小型化して、例えば1024×768に並べればXGA布ができる。ホントは素材と表現は密着したものだから、コンピュータの中の世界をわざわざ布のような実空間に持ってくることに、どこまで意味があるのかと、おしかりを受けることもあるんですけど。逆に僕は、CGはそろそろ実空間にフィードバックしてもいい頃だと思っていて、そこでこういうものを考えているんです。

永原 なるほど。おもしろい。

脇田 この布で服や部屋の壁紙を作って、模様や画像を家にダウンロードして使うようなことも考えているんです。今、デザインする対象は素材にまで広がってきている。やっぱり何か触れられるものに定着させたいと考えているんです。こういう研究をしていると、近頃改めて、デザインの対象とはいったい何なんだろうなと思うんです。テクノロジーに注目すればするほど解釈に多様性があって……。何がデザインで何が道具で何が素材なのか、分からなくなっちゃう(笑)。

永原 例え話でよく、椅子をデザインするのではなくて、座ることをデザインするんだ、という話をするんです。そうすると、椅子じゃないものも作れる。座布団でもいい訳ですよね。ただし、座るためには人間と直にかかわることが必要です。例えばコンピュータをインビジブルにすると、マウスやキーボードがなくなりますよね。その見えないコンピュータを自然に使うために、例えばコップを持ったり、手をかざしたりというような日常の動作をインターフェースにする。つまり、コンピュータを我々が直感的に理解できるものに繋げていくことを目指しているんですね。このような動きの中で、直感的に理解できるとはどういうことなのかを探って、そしてそれと技術を繋ぐようなことが、デザインの働きどころかな、という風には思います。

脇田 株価が分かる照明や、雨が近付くと柄が青くなる傘といった、ものと情報を上手く合わせたタンジブルなプロダクトというのは他にも出てきていますよね。その辺が、技術とデザインの関係には今一番分かりやすいところかなという気がします。

テクノロジーとメディアのこれからの展望

脇田 今日の対談ではぜひ、永原さんにwebについて伺いたかったんですよ。webが今後どうなっていくのか。テクノロジーが飽和しつつあって、Twitterやwikiなどのコミュニケーションメディアも一段落しつつあって、今みんな次を待っているところですよね。遊びや暇つぶしではなく、生活を豊かにするという目的で考えた時に、webがどう機能していくかというのは、僕としては見えないところなんですよね。

永原 大きな話をすると、コンピュータとブラウザで見るwebページというのは早晩なくなるんじゃないかと。わざわざコンピュータでみる必要ないですからね。一方、webをネットワーク機能として捉えると、「群れ」を作るコミュニケーションツールとして働く方向があるかなと思います。人間もやっぱり猿の仲間なので、群れを作るんですね。一つの群れは200人くらいらしいんですけど。ヒトの群れの基本は地縁血縁ですが、メディアができてからは、地縁も血縁もない人とも仲間になって、群れを組めるようになった。ポジティブに見ると、人が心地よく生きていくために新しい「群れ(=コミュニティ)」を形成していく。その手助けをするのがwebというメディアの大切な役割かなと最近思っているんです。

脇田 実は僕はwebページのことを考えて質問したんですけれど(笑)。それよりむしろインターネット自体がデザイン対象で、もっと大きい「事」を作るようなデザインをする方向が本質になってくるということでしょうか。

永原 もうなっていると思いますね。例えばコミュニティを作るとしたら、ひと言ふた言つぶやける場所を作りました、といってあとはじっと見ていればいい。これは上手くいったとか、いかなかったとか、成長したり変な使い方をされたり……という風に観察して。そういう「未完成なもの」を作って後で見た時に、面白い使い方してるな、といったことを発見できる目や知性をきっちり磨いておくことが、デザイナーとしては大事かなと。

脇田 なるほど。そういう創発を促すメディアのようなものが、ネットでは主流になってきていますね。あと、テクノロジーでいうと、もの作りへの回帰が一般に普及しつつあるように思うんです。例えば、オライリー社が『Make』というもの作り雑誌を出していて、日本語版も書籍化されているんですね。ジャンルも工学・化学・生物学など非常に多岐にわたっていて、エンジンや発電機、ロボットの作り方からからDNA構造の折り紙の作り方まで載っているんです。最近は高度な専門知識や技術がなくてもものが作れるようになってきました。電子工作についてもマイコンの最低限の知識があれば、それこそアクションスクリプトでものが作れる、プロダクトが作れる、というキットが売ってるんですよ。自分が使いたいものを作るという社会を取り戻すための動きが、僕らのコンピュータカルチャーの中で、熱く注目を集めているところなんですね。

永原 Do It Yourself(笑)。

脇田 三次元プリンターももっと身近になってくると思います。三次元形状をそのままガリガリガリッと出せる訳ですよね。そうすると、ほとんどのものがプリンターで出せる時代がきて、欲しいものを自分で作るという社会に変わっていく。ネットだけではなくて、CADとか、今までのデジタルメディアの技術がモノに帰着する─パーソナル・ファブリケーションと呼んでいるんですけど。欲しいな、と思ってネットで買ったら、それが物流に乗って運ばれて来るのではなくて、データを自宅にダウンロードして、プリンターで出す時代が、20年くらいしたら来るんじゃないかといわれているんです。究極のDIYですよね。

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