Adobe Japan Education Vanguards (高等教育機関教員向けコミュニティ)

2012 ADOBE EDUCATION FORUM | 2012.9.12 WED THE GRAND HALL | イベントレポート

現代の産業社会が卒業生に求めるのはビジネスで発揮できる「クリエイティビティ」 デジタル技術を生かした実践的教育で、社会のニーズに応える新しい人材育成を

デジタル技術の発展や社会の変革のなか、教育の現場では、時代に即した教育と手法の開発が模索されています。その課題解決に向かうイベント「2012 Adobe Education Forum」が9月12日(水)、品川グランドホールにて開催され、多くの教育関係者の来場を迎えました。その模様をレポートします。

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品川駅前の品川グランドホールにて

品川駅前の品川グランドホールにて、午後1時10分開会を迎えた本フォーラム。多くの大学・専門学校の教職員のほか、企業からの参加者も集めたホールは満席となった

高まり続ける、産業社会から高等教育機関への期待

国際競争とグローバルな変革にさらされる産業社会。そのなかで企業は人材育成へ振り向けるパワーを失い、教育、とりわけ大学を始めとする高等教育機関に、卒業後の活躍を見据えたより実践的な人材育成への期待を強く寄せています。ところがその一方で大学では、就職率の低下、また学習意欲の低下が大きな課題として捉えられているのも現状です。

アドビ システムズが創業30周年を記念して開催した「2012 Adobe Education Forum」は、「これからの社会を担う若者を増やすための教育とは何か」をテーマとし、教育と産業のこうしたミスマッチに変革のヒントを与えるものとなりました。来場者は170名余りに上り、大学・専門学校の教職員を中心に、教育関連企業や一般企業の人材開発部門など、実践的な教育プロジェクトやカリキュラム、キャリア形成に関心を寄せる多くの人々が、教育界・産業界の第一線で活躍する多彩なゲストスピーカーのメッセージに耳を傾けました。

開会の挨拶には、アドビ システムズ 株式会社 代表取締役社長クレイグ ティーゲルが登壇。米アドビ システムズ社が30周年、アドビ システムズ 株式会社が20周年を重ねる歴史と業績を紹介しました。同社のミッションを、顧客の変革を手助けするソリューションの開発と位置付けたクレイグは、「デジタル革命、多彩なデバイスの普及による多彩なコンテンツ利用の広がりを経た現在においては、いわゆるコンテンツ制作=デジタルメディアだけではなく、コンテンツの配布・管理・パーソナライズといったデジタルマーケティングも当社の重要な業務。社会のニーズを的確に捉えていくことは必然的に、社会が求める人材スキルをも追求することに繋がります。」と、教育機関のサポートやスキル育成に力を入れる同社の立場を説明しました。

アドビ システムズ 株式会社 代表取締役社長クレイグ ティーゲル

アドビ システムズ 株式会社 代表取締役社長クレイグ ティーゲルによる開会の挨拶。米国に次ぎ世界2位の市場である日本で社会のニーズを捉えることは、教育機関のサポートに直結すると述べた

デジタル革命が、世界の教育に与えたインパクト

続くオープニングセッションでは、米アドビ システムズ社Worldwide Education 担当ディレクターのトレバー ベイリーが、アメリカを中心とする世界の教育トレンドを紹介。クラウド・ソーシャルコンピューティング・マルチスクリーンの発達が、複数のデバイスによる多彩なコンテンツ利用や遠隔地の人々とのつながりを可能にし、初等〜中等教育に変革をもたらした例を次々に挙げていきました。

例えばアメリカで誕生した、教員と生徒のSNS「edmodo(エドモド)」では、教員が管理する安全な環境で、オンラインディスカッションやドキュメントの共有、豊富な無料教育コンテンツの利用が可能です。またNPO「Khan Academy(カーン・アカデミー)」が提供する豊富なオープンコースウェアを活用し、家でビデオを見ながら勉強し、学校ではその内容について先生に質問したりディスカッションするような、既存のスタイルとは異なる学校教育も各地で実現されています。

その一方でアメリカの高等教育機関は、多数の課題を抱えています。例えば、卒業生の寄付減を始めとする財政面での不安。例えば、MOOC(Massive Open Online Course、大規模型公開オンライン講座)のようにハイレベルなオープンコースウェアの普及で、従来型の教育リソースには誰もが無料でアクセスできるようになったこと。さらに、卒業生の3人に1人しか仕事の受け皿がない現状は、「学生の成功を支援する」という教育機関の役割が、見直しの必要に迫られていることを意味します。

これを受けて現在アメリカの多くの大学では、学生が職を得るのに必要なスキルを習得しやすくなるよう、カリキュラムの調整が行われていることをトレバーは紹介。オレゴン大学やレイク ワシントン大学などの成果を例に、産業界が求める能力は、デジタルコミュニケーションスキルやデータのビジュアル化・分析スキル、幅広い人とコラボレーションするスキルなど、幅広い意味での「創造する力=クリエイティビティ」であり、その習得支援や能力発揮にAdobe® Creative Suite®が役立てられていることを紹介し、セッションを終えました。

米アドビ システムズ社 Worldwide Education 担当ディレクター トレバー ベイリー

ICTによる世界の教育変革を報告した、米アドビ システムズ社Worldwide Education 担当ディレクターのトレバー ベイリー。一方でアメリカ社会はスキル不足に悩んでおり、その育成のために多くの高等教育機関がカリキュラムの見直しを行っていると述べた

デジタル革命は「知識」の意味を変える 時代背景に即した新しい学びで、頼れる若者を育成

キーノートスピーチでは、「頼れる若者を増やす教育」と題して、独立行政法人日本学術振興会理事長の安西祐一郎氏が登壇。慶應義塾長として初等〜高等の幅広い教育に携わってきた教育者の立場、また、「人はいかに学習するか」を主題に30年来の研究を続けてきた認知科学者の立場から、教育におけるデジタル革命の必要性を訴え、「頼れる若者」の育成を提言しました。

安西氏はまず前置きとして、教育と技術の関係性に言及。「デジタル技術を教育に生かすというと、現場からは『教育は技術ではない、心やスキンシップが大切なのだ』と反発がある。このギャップを乗り越えるには、利便性やコストに着目するのではなく、『こんな人物に育ってほしい』という若者の将来を見据えたビジョンが必要。」と述べ、教育を効率や生産性で測らず、腰を据えて取り組むべき課題であると訴えました。

続いて、社会情勢とデジタル技術の発展を切り口とした世代分析を紹介。現在大学で学ぶ若者たちを取り巻く社会環境と、教育環境の課題を挙げました。まず検討すべき大きな要素として挙げられたのは少子化です。ポイントは、生産人口が右肩下がりなだけではなく、就業構造も明らかに変化していること。製造業に就く人口が減り、サービス・通信・金融等の業種、つまりコミュニティ産業に就職する割合が圧倒的に増加しているのです。しかし現在の教育は、こうした業種で能力を発揮し、イノベーションをもたらせる人材の育成に対応していないと安西氏は指摘します。

さらに安西氏は、大学のユニバーサル化にも言及。1960年に10%程度だった大学進学者は、2011年には約57%とまさに激増し、それと呼応して新卒就職者数も1985年前後を境に大卒者数が増加、高卒者数が激減しています。「つまり“大学”“大学生”の中身が完全に変わっているのです。それに合わせて教育も、その質を変えねばならないはずです。」と安西氏。しかるに現実は、1週間の学修(自習)時間がわずか5時間以下の大学生が70%、主に学習意欲の低下を理由に退学する学生も1割に上り、卒業後安定した職に就く学生は入学者の40%弱でしかないというミスマッチが放置されています。さらに少子化の影響は高校生の学習時間にも現れ、ことに偏差値50〜55の中間層・ボリュームゾーンの勉強時間は、ここ15年で半減しているといいます。「これは学生が悪いのではない。勉強しなくても単位が取れる状態であり続けた日本の大学の問題です。勉強しろと言うのではなく、学びの形を変えなければなりません。ここに、教育にデジタル技術を導入する価値があるのです。」

デジタル技術が教育に与えるインパクトには様々なものがありますが、まず、誰でもどこでも学べるようになることが重要と安西氏は説明します。「例えばデジタル教科書も、それ自体が目標ではなく教育にイノベーションを起こすためのツールです。様々な教材がデジタル化・ネットワーク化されることで、一人ひとりが必要な知識に容易にアクセスできるようになり、また学習履歴も把握できることが大切なのです。そこでは従来の一斉授業に加え、一人ひとりの能力や個性に応じた学びや、学生同士の学び合いの推進が期待されます。また認知科学の成果を取り込み、人間の脳の働きに合ったヒューマン・コンピュータインタラクションの技術も生かされるでしょう。」

こうした取り組みはすでに、文部科学省の「教育の情報化ビジョン」の公開を経て、「学びのイノベーション事業」の推進などの形で実行フェーズに入っています。安西氏はその取り組み内容を紹介しながら、「デジタル技術を教育に取り入れることで、受け身で一方通行の教育から相互に意見を交換し合う能動的学習へ、教科ごとの知識の暗記力から分野を横断する体系的な知識に基づいた判断力育成へと、教育の方向性が変わる。」と説明しました。

世界の潮流は、コミュニケーションの質とスピードの高まりという変化へ向かっています。そのことは、多くの知識が共有化され誰でもどこでも利用できるようになること、個人から社会への直接コミットメントが増加することを意味します。つまりデジタル時代の“知識”は、「答えの分かっている問題に正答すること」ではなく、「答えのない問題を問題として発見し、文化的背景の異なる人々ともオープンに協力し合いながら、情報を集め・判断し、迅速かつ確実に合理的な意志決定を行うこと」に役立つものへと、その位置づけを変えるのです。

デジタルツールに慣れ親しんだ世代の若者には、この新しい潮流を受け入れ活用する下地ができています。このとき、自分の能力や個性を伸ばせる幅広い学びの機会を用意し、自身の適性を発見する手助けをすることが、いまの教育に求められていると安西氏。このことが「自分の能力を理解して十分に発揮し、そのことで多くの人を幸福にできる仕事を自分で得る力」、つまり本当の就業力を持った「頼れる若者」を育てることにも繋がると述べ、セッションを結びました。

「頼れる若者の育成」について語る安西氏

安西氏は豊富な統計資料をもとに、現在の学生を取り巻く社会情勢と大学の変容に言及。デジタル技術により新しい学びの形を構築することが「頼れる若者の育成」に繋がると訴えた