

先端科学技術研究センターでの最先端技術を分かりやすく伝えるという取り組みに、鈴木氏は欠かすことのできない存在であり、鈴木氏の「遊具の透視法」を作った時の体験がまさに生かされているようです。
「遊具の透視法を作ったときに強烈な体験をしました。この作品に登場するグローブジャングル(遊具)やプロジェクターなどはすでに存在していて特別なものではありません。作品を実現する方法を見つけて、さまざまな工夫をしていますが、自分で魅力的なものを造形したわけじゃないんです。でも、作者としてそこにいると、『昔はこれを使って遊んだ』とかいろいろなことを、そこに居合わせる人から聞かされるんです。どんどん話したくなる場が生まれてきたというのは、本当に不思議で新鮮な体験でした。それぞれの人の中でグローブジャングルとともに自分の体験が記憶されていたことが再確認できて、作品がそれを再度プレゼンテーションし直したのではないでしょうか。作品が記憶を呼び覚ますようなものになっていたことは、後から気付いたんです。そういう意味では、メディア技術は本来ものが持っている面白みや魅力を引き出すことができるということを実感しました」
鈴木氏が先端科学技術研究センターで取り組まれた最近の作品には、「Sharelogの木」があります。私たちは、SuicaやIcoca、Pasmoなど、鉄道やバスで利用できる非接触ICカードを普段なにげなく使用しています。「Sharelogの木」は、このようなICカードに記録されている乗車履歴情報を使用したインスタレーションです。ICカードを読み取り装置にかざすことで、画面に表示したデジタル地図上に、乗車履歴情報のある駅の上に木を生やしていきます。ICカードの乗車履歴情報を何枚も読み込んでいくと、通過回数が多いほど大きな木に育っていくようになっていて、利用が多い地域が森になっていくという参加型の作品です。
「Sharelogの木(Sharelog Trees)」(2007)
Photo:Nacása & Partners
普段何気なく使っている非接触ICカード。このカードに記録されている乗車履歴を使用して、デジタル地図上に木を生やすインスタレーション。乗り降りする人が多い駅ほど、画面上で大きな木になっていく。無機質な都市空間が、画面上で森に育っていく驚き。相澤研究室とのコラボレーション作品
「『テクノロジーが生み出す新しい自然』というテーマで取り組んだのですが、この作品では、多くの人が普段利用しているものを使用することで、鑑賞者の参加性を引き出そうと考えました。このシステムでは匿名性が保持されているので、安心して参加できるようにしています。多くの人が利用する駅や場所ほど木が生えていくというのは不思議じゃないですか。何も言われなければ、自分が通った場所なんて忘れていることも多いですし、ICカードに情報が入っていると思っていなかった人が参加することによって、地図上の駅に木が生えてくると、その時のことを思い出して会話が弾み出すんですね。これは、一般の人に楽しんでもらっているのを見て初めて分かったことです。こういう展覧会で起こった予想外のことを研究室にフィードバックして、コンテンツの開発に生かしていくんです」
鈴木氏は、無地のノートを持ち歩いて、作品のタネとなる日常での気付きをメモしたり、あるいは作品の設計を描きとめたり、作品を仕上げたあとの再解釈を残したりと、日常的にスケッチをされています。スケッチをしたノートは150冊ほどにもなって、次の作品アイディアのインスピレーションを湧かせるきっかけにもなっているようです。
「『よく観察していますね』と人から言われますが、実はあまり観察していないんです。思いつく時というのは、考えて思いつくというのではなく、ボンヤリしている時とか何となくモノを認識している時にいろいろなものと結びつきやすいみたいです」
鈴木氏のスケッチは、見たものや気付いたものから一部分を切り出した断片的なものが多いようです。そこに引き出し線を加えながら、思いついたことや考えたことを補足的な言葉で加えています。
「スケッチをしていると、要素がシンプルになりますよね。いろいろなものが見えてくる可能性が高いんです。何かを描いていて、別のものが見えたら、そっちの方も膨らませてみるなんてこともしています。横道に逸れることを期待しているところもありますね。また、最近は作品を仕上げた後でしか描けないスケッチというのもあると気付きました。作り上げる前では絶対に到達できない地点だと思うので、そのスケッチの方が面白い時もあります。次の作品や、別な形での展示につながるかもしれないですしね。あと、描き込まないで少し欠落しているぐらいのほうが、次に見た時に意識が足りない部分をアシストしてくれます。パラパラマンガを思い出してもらえばいいのですが、パラパラマンガは変化させたい部分を次々と描く積み重ねでできています。これは、1コマ先でどうなったら面白くなるかという訓練をしているようなものです。数コマ先のイメージはしにくくても、1コマ先だったら描けますよね。少し欠落しているスケッチは、次にやりたいことを残して描いているような感じがします」
自分でメディアアートを生み出す時と、各研究室が連携して生み出す時では、鈴木氏は作品への関わり方を変えているようです。
「研究室内では『こうした方が面白くなるね』ということを話しますが、基本的には本人が気付いた方が面白いですから、作品的なことはなるべくなら言わない方がいいと思っています。見せ方の部分に関しては、直した結果が分かりやすく現れるので気軽に提案をしますが、実際には自分もやってみないと分からない部分もあります。やっぱり一番大事なのはその研究に取り組んでいる本人の感覚だと思うので、本来のアイディアを壊すことのないように参加しています」
通常、論文などでは連名で発表されるものも多いですが、鈴木氏は、作品に関しては、強い思い入れを持って取り組んだ人の名前を出した方が良いのではないかと考えられているようです。鈴木氏は「他人から自分の作品を見られる時の緊張感もありますし、そうした緊張感のなかで作品が評価されると、さらに喜びも大きくなるのでは」と話します。まず自分なりの解釈を発見して喜んで、その解釈を人と共有することでさらに喜べるのが理想だといいます。相手を驚かせ、喜ばせる作品を作ることを、自分にとっての喜びとしてきた鈴木氏。子供時代からずっと磨き続けてきたピュアな感覚によって生み出される作品は、見慣れない最先端技術を誰もが知っている感覚と結びつけ、生き生きとした生命を伴って価値のあるものへと高められていくようです。