

『経験からの学習:プロフェッショナルへの成長プロセス』(松尾睦著、同文舘出版、2006年)
プロフェッショナルになる過程、あるいはプロフェッショナルを育てる過程が理論的に解明されることは、社会に対峙する個人にとっても、企業や学校にとっても重要な関心事です。しかし改めて考えてみると、そもそも「プロフェッショナル」とは何なのでしょうか。
「一口に『プロの条件』と言っても、様々な考え方がありますよね。ただ私が思うのはまず、プロフェッショナルは専門性が無ければいけないということ。つまり、問題を見つけて解決する能力がなければ、プロとは言えないということです。例えばお医者さんは病気が何であるかを見つけて、それを治療します。車の修理のプロは、故障箇所を見つけて、それを直します。ただ技術があるのではなく、問題を見いだせるということが、一つの条件ではないかと思います。」
また、そもそもプロフェッショナルの語源は「profess=信仰告白」であり、そのルーツはキリスト教にあるのだそうです。かつて専門的「知」はすべて教会に集まっていたためです。そのため、プロフェッショナルとはどうあるべきかを考える「プロフェッショナリズム研究」は、キリスト教の影響を強く受けていると松尾先生は言います。
「そのためプロフェッショナリズム研究においては、プロのあるべき姿として、専門性のある技術を持ち自立していることに加え、他者へ奉仕するマインドを持つべきという点が強調されています。実はあのぶ厚い聖書の中の教えは、わずか一言の『ゴールデン・ルール』に集約されるとも言われているらしいんです。それは、簡単に言うと『自分がしてほしいことを他人にもしなさい』ということ。『自分のことばかりでなく、人のことを考えなさいよ』ということですね。よく考えてみると、なるほど、これはまさにプロフェッショナリズムだなと思うんです。世の中には様々なプロがいるように言われますが、よく見てみると、能力的には優れていても自分の利益にばかり夢中で、社会に貢献していなかったりする。そういう人は、プロフェッショナリズム研究の立場からは『プロ』とは言わないんですよ。プロの定義は様々なものがあるでしょうし、技術的な習熟度でプロか否かを決める考えもあるでしょう。でも私は、専門性と並んで、社会へのマインドというものも、プロには必要なのではないかと思っています。実際、プロとして成功すると、社会貢献に努めるようになる人は多いですよね。」
また、こうした従来の定義に加え、専門性という面からみたプラスアルファも、プロには必要ではないかと松尾先生は言います。
「というのも、専門知識はいずれ時代の中で陳腐化してしまうからです。例えば医療技術や科学技術のことを考ればすぐわかります。そうならないためには、自分を壊せること、常に新しい知識や問題を追求し続けられることが必要なのです。「省察的実践」という概念で有名なドナルド・ショーンも、このことを『常に沼地のぬかるみの中で、クライアントと共に問題を解決し続ける人がプロだ』と表現しています。しかし一度プロになり自分のフィールドの枠が固まると、その居心地の良さに安住するのか疲れてしまうのか、『止まって』しまう場合もあるんです。でもそれではプロとは言えなくなってしまいます。私自身もプロの研究者として、『自分は止まっていないか』と常に自問し続けているんですが、ハッとしてしまうことも多いですね(笑)。」
プロになることの先には、プロであり続けるという課題がある−−。この言葉の中にも、プロとは何か?という問いに対するヒントが含まれているように思われます。では、人はどのようにしてプロに成長するのでしょうか。
「一口にプロになると言っても、それまでには様々な成長段階がありますよね。まず仕事を始めてから3〜5年で、とりあえず一人で仕事ができる『独り立ち』の段階があります。それから、自分でもバリバリ仕事をするし、グループを引っ張るリーダーとしても活躍する『中堅』の段階がある。そして、業界全体から一目置かれたり、国際レベルに達する『エキスパート』=いわゆるプロの段階があり、さらにそこからも、伸び続ける人と止まる人がいる。それぞれの段階で、少しずつ異なる『成長のメカニズム』のようなものがあるのかもしれません。またこれまでの研究では、『成長』を『専門的能力の伸び』として捉えていますが、このような一次元の軸で人間の能力を測りきれるのかということも検討しなくてはならない。これらは、これからの研究課題です。」
『経験からの学習:プロフェッショナルへの成長プロセス』(松尾睦著、同文舘出版、2006年)
ただ、同じように「経験」をしても、伸びる人もいれば伸びない人もいるように思われます。その「経験から学習できる能力」とは何なのかが、松尾先生の研究の主題です。先生によると、本人の目標達成や社会貢献への信念がある程度必要なことはもちろん、課題(仕事)に対する姿勢の違いが、「学習のポイント」を押さえられるかどうかに反映されるそうです。
「先行研究でも私の研究でも、挑戦的な仕事=『ストレッチ』を含む仕事の経験が学習を進める傾向が強いことがわかっています。つまり、現在の自分の能力を超える、新しい課題にチャレンジする姿勢がまずは必要なんです。ただし始終『ストレッチ』していても、疲れるばかりで学習は進みません。そこで大切なのが『フィードバック』です。節目節目で第三者から自分の課題への評価を受ける、しかも耳が痛いぐらいの率直な意見をもらうことが必要です。その他者の視点を自分の中に取り込み、自分の理論として消化したとき初めて、経験からの学習が成り立ち、その人は伸びるんです。」
経験学習のモデル。コルブ(Kolb, 1984)を元に作成
学校を卒業した後で伸び悩んだり、挑戦を続けているのにスキルアップできなかったりということは、私たちの誰しもが経験していることではないでしょうか。それは、この経験学習のサイクルがうまく働いていなかったからかもしれません。松尾先生はさらに、この経験学習のサイクルを動かす「エンジン」があると言います。
「それは『エンジョイメント』、楽しむということ。神戸大学の金井壽宏先生がおっしゃっていることなんですが、モチベーションには2種あるんです。一つは、不安にかられて自分にむち打つ、言ってみれば『ネガティブ系』のもの。もう一つは、とにかく楽しくて仕方がなくてモチベートされる『ポジティブ系』のもの。この二つは、言わば勾玉状にからみ合っているものではあるのですが、やはり動機が自分の内部にある方が、創造性も高まるしストレッチが継続できるんです。実際、業績が伸びている会社は、社員にやりたいことをさせていることが多いのですが、それは好き勝手にラクをしているのとは違う。社員が自分で課題を設け、自分でストレッチしているわけです。ある会社の調査では、社員はそれを『たのくるしい(楽苦しい)』と表現していましたが、言い得て妙だと思います。また、例えば、すでに大きな業績を上げ神戸大学の名誉教授になっておられる先生がいらっしゃるんですが、今でも精力的に研究を続け、著書を次々に発表されている。その様子を見ていると、尽きない好奇心や探求心を持って、心から楽しんでいらっしゃるんだなあということが伝わってきます。こんなふうに、プロになってからさらに高みへ昇っていく人とそうでない人を分けるのも、その人が心から楽しんでいるかどうかであるように思います。」