

教員として学生を指導する際には、研究の基本は「関心」なんだということを繰り返し伝え、「自分は何がやりたいのか」を考えさせるという松尾先生。そこにも、やはりこの「エンジョイメント」を大切にする姿勢が根底にありそうです。
「例えば何にも関心が無いという学生がいたとしても、『何か好きなものはないの?』と聞いてみる。その答えが仮に『ペットが好き』だとしても、そこから『じゃあ、育てるということに関心があるのかな』といったように、周辺への繋がりを発見して刺激を与え、世界を広げてあげることはできるでしょう。本当に何にも関心がなかったり、関心の対象が限定されている学生というのはいないはずです。その漠然とした思いを明確にすることが、教員の仕事ではないでしょうか。」
部下や教え子を成長させるには、結局は自分で考えて自発的に何かをやらせるしかないのです。しかし、成長を支える「学習環境」をどう設計するかで、本人を助けることはできます。
「例えば、『取り返しの付く失敗』をさせるというのは大切なこと。調査でも、失敗経験を『どのような経緯で失敗したのか』『なぜ失敗したのか』とフィードバックし、そこから学ぶことで能力を伸ばしたというケースはとても多いんです。もちろん、取り返しのつかない失敗をさせてしまうと本人が潰れてしまいますから、本人の解決能力を超えるような問題には介入も必要ですが。例えば看護師さんの職場で、部下が伸びる師長は、何か失敗があっても部下のせいにはしません。上司の前では自分の責任だと謝って、部下にはなぜ失敗したのかを考えさせます。ところが、部下が育たない師長は、失敗を部下のせいにして叱りつけるんですね。そもそも失敗とチャレンジは表裏一体ですから、失敗を恐れて萎縮してしまっては、チャレンジもできなくなってしまいます。こう考えてみると昔の徒弟制というのは、失敗から学ばせてプロを育てるシステムとして、とてもよくできているんです。」
確かに、フィードバックする材料と考えれば、失敗は大切な経験だと言えそうです。もちろん失敗と言っても、細心に準備を重ねたうえでチャレンジし、前と同じ失敗は繰り返さない「いい失敗」をすることも大切です。
「ただ、失敗ばかりしていてももちろんダメなんですね。何しろ失敗なんて嫌なことですから、『嫌なことは忘れてしまいたい』という心理が働き、効果的なフィードバックにならない場合もある。どうすれば成功するのかを直接経験するのも大切なことです。私がOJT(On the Job Training)に関する調査で『育て上手』と言われる方にインタビュー調査を実施した時も、『成功パターンがどういうものかを認識させることが大切』というコメントがありました。失敗したときはなぜかと振り返るけれど、成功するとただ喜んで終わりになってしまいがちなんです。そうではなく、成功したからこそなぜ成功したのかを考えることも必要なんですよ。同じように、少しでも進歩したときには褒めることも大切。それが本人へのフィードバックになり、モチベーションもアップするからです。」
失敗したときは反省もするけれど、成功したとき、その原因を冷静に振り返ることは少ないかもしれません。こんなところにも、経験から学ぶヒントは隠されているのです。
神戸大学は、1902年に設立された官立高等商業学校「神戸高等商業学校」の流れをくむ。その中心となる「六甲台キャンパス」には、登録有形文化財の建築も多い
経済・企業社会が激動の時代を迎え、業態変革が促進されている現在、こうした変化は、この経験学習のサイクルに影響を与えているのでしょうか。
「過去の熟達研究では、プロフェッショナルという一つの確立した高みが想定され、そこにどう向かっていくかが問題にされていました。しかし現代においては、まず何が成功なのかを定義するのが難しい。課題が複雑になっているからです。その分、新しいことにチャレンジして『ストレッチ』するチャンスは増えていると言えます。しかしその一方で、失敗が非常にしづらくなっているのも事実ですね。かつての企業なら、上司からはやってみろと励まされたり、責任を取ってもらったり、外部との調整を取ってもらったりといった業務支援を受けられた。同期には仕事の愚痴や相談をこぼすことで、精神的な支援が受けられた。そして部下を指導することで、自分自身の行動を振り返る内省(リフレクション)機能が得られたわけです。個人を360度から取り囲む、こうしたサイコロジカル・セーフティー(心理的安心感)のあるストレッチ環境が、現在は壊れています。その分経験するチャンスは限られてしまいます。それをどう克服するのかが課題になるでしょう。」
こうした「サイコロジカル・セーフティーのあるストレッチ環境」が壊れている現状では、学校卒業後の伸び悩みが問題になるかもしれません。その問題を解決するには、スキルだけでなく、学習能力そのものを教育することも大切ではないかと松尾先生は推測しています。
「先日、様々な企業の人事担当者が集まって作っている『キャリアデベロップメントコミュニティ』の方から、『できる学生』の学生生活について調査した結果をうかがったんです。それによると、特にゼミで、高度な知的課題を与えられてグループワークを行い、そこでリーダーシップを発揮した学生が伸びたそうです。高度な知的課題とはすなわち、与えられた道具を使って問題解決する方法や、道具の使い方だけでなく、問題解決に役立つ道具の作り方を学ぶ課題ということです。このような課題は学生の視野を広げ、自己と周囲を客観的にとらえてコントロールできる力である『メタ認知能力』を高めます。こうした経験が、わざわざ教えられなくても自分から知識やスキルを吸収していける、吸収能力の高い学生、つまり『潜在的に伸びる力』を持った学生を育てたのではないでしょうか。ノーベル賞を受賞した研究者もしばしば、『恩師から研究については直接教わっていない。それよりも、ものの見方そのものを教わった』という趣旨のことを話しています。これもまた、メタ認知能力が高められた経験についてのコメントといえるでしょう。」
一般には、社会で役立つ学生の能力を伸ばすのは、アルバイトやクラブ活動ではないかと考えられているのではないでしょうか。それに対して、大学の本来的機能である「研究活動」が学生の能力を伸ばしているという調査結果には、教員の一員として励まされるという松尾先生。その言葉には、研究者として、教育者としての「プロフェッショナルの誇り」が込められていました。