

技術者は黙って言われた通りの良い仕事をすれば認めてくれるーーそんな時代は終わった、と茨城大学工学部情報工学科教授の米倉達広先生は断言します。情報工学、特にウェブシステムや公開API活用のような新しい考え方においては、技術そのもののオリジナリティを追究するより、既存の技術をいかに組み合わせ、新たな価値を創造していくかに注力することが重要だと説きます。IT社会の夜明けをアメリカで過ごし、現在、企業や研究、経営とマルチに活動する米倉先生に、日本が生き残るための「技術観」についてうかがいました。
執筆/長尾康子
茨城大学工学部情報工学科教授/工学博士
茨城県出身。1979年 名古屋大学理学部物理学科卒業。81年同大大学院工学研究科情報工学専攻を終了し、株式会社山武ハネウェルに入社。分散型制御システムの開発、各種プロジェクト業務に携わる。90年に同社を退社、翌年より茨城大学の教壇に立つ。93年同大助教授、2005年より現職。現在の研究テーマはインターネットを介した遠隔教育システムの開発、P2Pを用いた実時間対話用プロトコルの開発ほか。
水戸市の中心部、レンガ張りのクラシックな雰囲気を残した旧県庁の中に、茨城大学のサテライトオフィスがあります。工学部で情報工学を教える米倉達広先生は、学部棟のある日立キャンパス以外でも講義を行うなど、軽快なフットワークで研究を続けています。
そうした活動を支えているのは、米倉先生の専門である情報工学、インターネットを介した遠隔授業のシステムです。でも、出身の名古屋大学では工学部ではなく、理学部で学部時代を過ごしました。物理学教室で電波天文学を研究していたそうです。
「可視光では見えない天体を電波で観測する研究が注目されていて、地球に届いた電波の強度を測定するために、4年生のときに初めてマイコンにさわったのです。見よう見まねでプログラムを組んだりしているうちに画像処理の方へ興味が移っていきました。」
修士課程から工学部に進学した後、3次元の画像処理の研究に没頭します。人体を傷つけずに検査ができるCT技術(コンピューター断層撮影)の実用化の過程を目の当たりにして、社会と技術との接点に立ち会った想いがしたといいます。
「考えてみると私はひとつの研究テーマを突き詰めていくというよりも、社会が何を求めているかに合わせて動くタイプ。世の中が必要としていることを見つけて、その一歩先に行きたいんですね。修士を終えるころには身につけた技術を実際に使って、海外で通用するか試してみたいという気持ちもつのっていました。」
山武ハネウェル(現・山武)に就職、1年半、アメリカ・アリゾナ州で電子制御システムの開発に携わります。80年代初めのアリゾナ・フェニックスはシリコンバレーの弟分的エリア。多くの技術者が全米、いや全世界から集まり活気に満ちていたといいます。
「技術者の社会的ステイタスが日本とまったく異なることに衝撃を受けました。人々から期待されているだけに、みんなモチベーションが高い。もちろん収入もです。“いくら貰ってる?”と冗談で給料の話をしたら、あまりに数字が違うので、ビックリしたのをよく覚えています(笑)。一方、海外から見た日本は、『夜明け前』としか思えない状況でした。技術者が社会から評価されていない、技術者自身も内にこもっている。待遇はそこそこで、もちろん技術力でも大差をつけられています。なんと言っても群れたがり、目立つことを嫌う。技術者の地位が上がらなければ、アメリカに追いつけっこない、そんな気持ちになりましたね。」
日立キャンパスにある、茨城大学工学部。米倉先生の所属する情報工学科は国立大学としては早い、1972年の設置。35%の学生が大学院へ進学する
「これからの技術者はもっとオープンでないと生き残れない」と話す米倉先生。話題は中学・高校の教育にもさかのぼる
米倉先生は今でもその差は埋まっておらず、最大の原因は技術者自身にあると厳しく指摘します。自分たちが開発した技術に、一体どれくらいの人達が喜んでくれているのか、どのくらいの価値があるのか、技術者が関心を持たないために、いつまでも夜が明けないのだと。
「アメリカでは技術者がマーケティングにどんどん参入してきます。何がデマンド(demand:潜在的要求)なのかを調査するところから関わってくるし、作ったものを実際に顧客の所へ持って行くのも技術者の仕事に含まれます。だから技術者が必要な開発費を要求できるわけです。しかし日本はまったく逆です。営業サイドから仕様が降りてきてから技術者が動き出す。受け身で開発をするから予算の裁量権がない。良い技術だと自負していてもアピールすることができないのです。未だに営業活動は技術者のすることではないと考えている人も多いのですね。」
そんな想いも重なって、実はサテライトオフィスでの授業も、技術者志向の大学院学生にウェブビジネスを教える内容にしているのだそうです。グーグルやマイ・スペースなどのウェブサービスの発想やビジネスモデルが、技術とどう関わっているのかを示すこと、つまり技術と社会の接点を見極め、さらには自ら形成する視点が、これからの技術者教育には必須だと、米倉先生は考えているのです。
「情報社会は今が最もホットで面白い時代です。マイクロソフトが世界を席巻し、グーグルやヤフーがウェブ社会の到来を告げ、ミクシィやマイスペースが台頭し、アップルが巻き返しを狙う・・・と、戦国時代さながらの競争がアメリカでは繰り広げられている。翻って日本がそこにどう食い込んでいくかを考えたとき、これまでの技術職のイメージのままでいたのでは、誰も社会にインパクトを与える技術を生み出すことはできないでしょう。」
「理系と文系、技術とビジネス、アートとテクノロジー、というように、とかく日本人が『別もの』と考えがちな壁を軽く乗り越えられる人材を育成しなくてはと強く思います。レオナルド・ダヴィンチやミケランジェロのようにね。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズはどうですか?みな優秀な技術者であり、ビジネスプランナーでもあるでしょう?さまざまな分野を自由に行き来できる技術者が育てば、技術者のステイタスだけでなく、日本の国そのもののポテンシャルももっと上がるはずなんです。」