

新しい技術を開発することだけが、技術者のあり方ではないということを、身をもって示している米倉先生が、「非常に面白い局面を迎えている」と注目しているのが、公開API(application programming interface)の動きです。APIとはソフトウェア開発の際に利用できる関数の集合のことで、これらを組み合わせると、あたかも新しいウェブサービスのような機能を作り出すことができます。「マッシュアップ」がその代表例です。
しかしマッシュアップの研究をしている大学は多くないのが現状です。なぜなのでしょうか。
「マッシュアップは『他人の成果に便乗する』、『他人のふんどしで相撲を取る』というイメージが強すぎて、研究分野として発展しにくいのです。マッシュアップによって非常に有効なウェブサービスが生まれる可能性もあるのですが、企業や開発者がAPIを公開したがりません。APIを組み合わせだけで利益が得られるなら、公開するなんて損するだけじゃないか、というわけです。特に日本ではマッシュアップに対する理解が遅れています。専門分野を深化させてこそ技術だという信仰心が強すぎるのです。それでも最近では公開する企業が出てきた影響で、公開APIの数は増えています。でも、どこにどのようなAPIがあり、どのように使えるかという情報はまだ全く集約されていません。」
米倉先生は、点在する公開APIを集め、誰もがいつでもアクセスできる場所にまとめていく社会の流れが必要だと主張します。そうでなければ、公開APIのありかを知っている人だけが新しい技術を創造でき、そうでない人は開発のチャンスすら得られないという格差が生じてしまうからです。特に日本のIT技術者にとっては、公開APIについてのリーダーシップを技術者の手に取り戻すことが、日本のIT産業生き残りのためにも、重要なキーになるといいます。
「たとえばウェブサイト制作を例にとりましょうか。今は技術者の手を借りなくてもリッチなコンテンツを作れるツールが広まり、プログラミングを知らなくても誰もがコンテンツが作れる時代になりました。それは一見、効率の良いやり方に見えますが、新しいアイディアが技術者によって作り出される芽を摘んでしまっている、と見ることもできるのです。公開APIの整備に代表されるように、技術のオープン化が進めば、技術者側で新しいサービスを作り出すきっかけがつかめるし、営業やマーケティングといった部門とも融和を図っていけるのではなでしょうか。」
情報社会が必要とするさまざまな情報をいつでも簡単に取り出せ、編集・加工できるように、ウェブ上で公開されているAPIのセットをそれぞれの目的に応じて誰でもが簡単に引用・利用するための仕組みを、米倉先生はネットワークのOSI7層モデルの上位概念に位置付け、「情報社会基盤レイヤ」と名付けています。「情報社会基盤レイヤ」が充実していけば、日本は世界にもっと存在感を示していけるはず、と米倉先生は熱く語ります。
米倉先生と講義に参加する学生、協力教員
「情報社会基盤レイヤの実現のためには、公開APIを探す検索エンジンやライブラリを整備すること、そして複数のAPI同士をマッチングさせるガイドラインや推奨の基準を作っていくことが求められます。そうすれば、社会のさまざまなデマンドに対して、技術者がより能動的に開発に携わっていける社会ができるし、その中からIT戦国時代を制する、スーパースターが日本から誕生しても不思議はないと期待しています。」
「アドビシステムズを始めとするアプリケーションソフトウェアメーカーには、デザイナーやビジネスプランナーといった、ITの『川上』、『上流』の職種に蓄えられているアイディアと、ソフトウェア技術者が持つノウハウの両者をより強く結びつけるためのコーディネーター役を担ってほしいと考えています。ソフトウェア技術者に対しては、一例として、情報社会において何がデマンドなのかを理解させ、視野を広げるための『見通し(Perspective)』を身につけさせる教育プログラムや開発支援プログラムを拡充すれば、情報社会基盤レイヤの構築は加速されるのではないでしょうか。一方、ITの『川上』で活躍するデザイナーやビジネスプランナーに対しては、構築された情報社会基盤レイヤを試験運用したり、評価する場を提供してほしいのです。双方向の交流や連携により、より社会とITが円滑に連携した情報社会の仕組みが実現されていくと考えています。」
これからITを学ぶ学生には職人タイプの技術者になるより、自分で自分の枠を決めず、誰とでもつきあって研鑚しあえる、ネットワーク力のある技術者になってほしいと、米倉先生は願っています。
「理系だ文系だなんて枠組みは捨てて、興味のあるところには遠慮なく首をつっこんだらいいんです。Aさんがほしがっている情報をBさんが持っていたら、Aさんに渡してあげる、Bさんがほしいと思っている情報をAさんが知っているとわかったら、橋渡しをしてBさんに知らせてあげる。誰かにとって足りないものを持っている人達の輪を広げていく。それによって自分を高めていく。『そういえばアノ人・・・だったな』というひらめきを大事にすれば難しいことではありません。ネットワーク力、平たく言えば情報を伝播させる力がある、オープンマインドな人を待っています。」