Education Vanguards Interview 「小林茂先生」

フィジカル・コンピューティングを推進する「Gainer」の開発

フィジカル・コンピューティングの可能性を確信した小林准教授は、IAMASの講義に取り入れると同時に一般への普及に乗り出します。しかし、フィジカル・コンピューティングを普及させるには、いくつかの壁を乗り越えなければなりませんでした。フィジカル・コンピューティングに使うハードウェアをアメリカから取り寄せなければならなかったからです。

「教材が不足していました。ソフトウェアはダウンロードすればいいのですが、ハードウェアはアメリカから取り寄せなければなりません。試行錯誤の最中に壊してしまうこともあり、そんなときは部品を取り寄せなければなりませんが、部品代は10ドルなのに送料が30ドル、ということもありました。また、部品が届くまで何週間もかかってしまいますので、講義にも支障が出てしまう。さらに、教育の現場に合わせて仕様を変えたいこともあります。それならいっそ自分たちでハードウェアをつくってしまおうということになったのです」と、小林准教授はGainer(ゲイナー)開発のきっかけを話します。

2005年9月、「パソコンの枠に囚われないユーザー体験」を実現することを目的に、IAMASのPDP(プログラマブル・デバイス・プロジェクト)のメンバーが中心となってGainerの開発がスタート、12月にはプロトタイプが完成します。「2006年3月には、横浜Bank ARTで開催されたIAMASを紹介する展覧会の中でワークショップを行いました。LEDを制御するところから始めてセンサーとソレノイドを使った簡単な楽器を作るまでをやってみるというものでした。宣伝はほとんどしなかったものの、噂を聞きつけて多くの人が見に来られました」と、小林准教授は現在のGainerの一般デビューについて話します。「ちなみにGainerという名前は、ガンダムの富野由悠季監督のSFロボットアニメ『OVERMANキングゲイナー』からとりました。非常に多くの作品がつくられているロボットアニメというジャンルにあって、他とは違う新しさが大好きな作品でしたので、自分たちが作るものも当たり前のようでいてどこか他とは違うものにしたかったのです。また、ゲイン=新しいスキルを獲得するという意味も持たせました」(小林准教授)

「SOURCE OF LIFE はじまりの水 - IAMAS in Yokohama」展での公開ワークショップの様子(写真撮影:zuckey)

マウス、キーボード、ディスプレイといった標準的なPCの入出力デバイスでは、一般ユーザーがLEDを1個点灯させるだけでも大変です。また、光や温度、接触などを感知するさまざまなセンサー類を利用 する場合も、どうやればPCとの間で橋渡しができるのか、専門家でなければ見当もつきません。こうしたことを簡単に実現してくれるのがGainerなのです。現在、市販されており誰でもが入手することができます(詳細はホームページ参照)。

世界を変えるフィジカル・コンピューティング

その後、小林准教授はGainerの展示やワークショップを精力的に行います。たとえば、2006年6月、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)のリニューアルオープンに際してGainerを展示し、実際にフィジカル・コンピューティングを体験してもらっています。

ICCのリニューアルオープンに併せて展示された人の動きに反応するテーブルHaohao_table(遠藤孝則+原田克彦+増田一太郎、写真提供:ICC)

ICCのリニューアルオープンに併わせて展示したGainer体験コーナー

先端メディアの面白さとユーザーの果たす役割

人の動きに反応してグラフィックが生成されるテーブルや、その場で実際に簡単な回路を組んでセンサーとPCをつないで動かしてみるということを体験し、多くの人が興味を持ったといいます。また、任天堂の『Wii』が発売され新たなインターフェイスが注目されたことも、フィジカル・コンピューティング普及の追い風になっているようです。

「Gainerはブレッドボードで回路構成をしますので、ハンダごて不要でワイヤの抜き差しだけでハードウェア回路ができてしまいます。PCのハードウェアは隠れていて容易に触ることができませんが、 ブレッドボード上に組まれた回路であれば簡単にハードウェアを操作できるのです。また、オープンソースで公開することによる広がりも実感できました。当初ActionScript 3には対応していなかったのですが、ActionScript 2のライブラリを元にActionScript 3版をつくってくださる方が現れ、FlashだけでなくFlexでも利用できるようになりました。また、Gainerはオープンソースのハードウェアとして、設計図や回路図を公開しています。これはソフトウェアのソースコードが公開されているのと同じで、誰でも必要に応じてハードウェアの改変や改善ができるわけです。昨年後半には、開発チームで設計したハードウェアをベースにアメリカで独自に改良を加えたバージョンが発売されるということもおきました」と、小林准教授はオープンソース・ハードウェアのメリットを話します。

「当初、Gainerは1年間で100セット普及すればいいと考えていたのですが、結果的には最初の1年間で約700セットが売れたそうです(キット7,500円、完成品9,000円でトリガーデバイスが販売)。また、当初はキットのみだったのですが、ワークショップで説明しながら組み立てる場合はいいが電子工作は初めてという人がいきなり組み立てるのは敷居が高いという意見もあり、一人でもすぐ使えるよう完成品も用意しました。また、デザインやアート系の学生がGainerに興味を持つことは予想通りでしたが、最近では工学系の学生や研究者からの問い合わせも増えてきました。これは少し意 外でしたが、ハンダごてが不要で気軽にPCから利用できるということから情報系で研究ツールや教材として使われていることが多いようです」(小林准教授)

「フィジカル・コンピューティングの面白さは、思ってもみなかったことができた瞬間にあります。最近、『Wii』が使っているセンサーや要素技術からゲームのコンテンツが見えてきます。フィジカル・コンピューティングも同じで、その効果は容易に想像することができます。フィジカル・コンピューティングという考え方で取り組めば、PCに自分なりにアドオンして世界を広げていくことができます。今まではメーカーがハードウェアをつくりユーザーがそれを使っていたわけですが、皆がすべての機能を必要としているわけではりません。フィジカル・コンピューティング的な考え方とオープンソース・ハードウェアが組み合わさって発展していくと、自分の欲しいものは自分で作って手に入れることができるようになっていき、世界が変わると思います。教育プログラムとして展開するだけでなく、今後はこうした分野に興味を持つ企業などに向けて のワークショップもやりたいと考えています。興味ある方はぜひご連絡ください」(小林准教授)

今後、デザイナーやアーティストの創作の自由度を高めるフィジカル・コンピューティングが広く知られるようになると、世の中のコンピューティング環境はもっと使いやすく、楽しくなることが期待できそうです。それを実現するのがフィジカル・コンピューティングなのです」(小林准教授)

他のインタビューも読む

< Education Vanguards トップページに戻る