くたくたになるほど疲れますし、効率も悪いのですが、デザインをする上では最も大事なフェーズです。彼らは沢山集めてきた写真やメモを模造紙の上で分析しながら、「購入時に迷っている」プロセスの心の動きに目をつけます。それは苦痛なようでありながら、ある一面ではそこが買い物の楽しみでもあるのではないか、と考えたのです。「そのポイントをオンラインショップの体験のなかに組み込めないか」と、再び問題の入り口に立ち直したのです。ここまでで1ヵ月以上かかっています。
人とシステムが関わり合う接面としてのユーザーインターフェイスのデザインの場合、そのシステムを使う人間の姿をちゃんと理解しないことにはそもそもデザインはできません。答えは対象となるユーザーのリアルな活動の中に見出されるものだからです。オンラインショップの場合でも、デザインやシステム構築に取りかかる前に、モニターの中だけを考えるのではなく、一旦フレームアウトしてまずは人が買い物をする時にどのように考えたり感じたりしているのかを、自分の目で確かめておく必要があります。このプロセスを削ってすぐ開発に入っても、本質的な問題意識には焦点が合わないからです。
そして、このプロジェクトの成果物の一つが、AIR( Adobe Integrated Runtime)を活用して構築したオンラインショッピングの買い物支援ツール「+PlusList」です(写真1)。通常の場合、ユーザーが欲しい商品はamazonならamazonの、楽天は楽天のカートやリストにいれています。当たり前ですが、これはショップ毎に準備されていますから、結果的に分かれることになります。+PlusListは、ショップに依存せず、自分の場所で気になる商品をクリッピングしてリストをつくるデスクトップツールです。リストといいつつ上から下に積み重なる順列方式ではなく、手元で簡単に並べ替えて眺めながら比較することができるように、直観的で易しい操作を狙ってデザインしました。
ドラッグ&ドロップだけで商品の情報がリストに入るのは、一瞬のことでユーザーからみれば何が起こっているのかよくわかりませんが、技術的な説明をすると、検知した画像のURLから商品番号を切り出してショップのAPIにリクエストを出し、返ってきた情報をデータベースに格納しさらに整形して表示する、ということを見えないところで自動的にやっています。学生が全部自分たちだけでプログラムを書いています。
写真1:オンラインショッピングのための買い物支援ツール「+PlusList」商品比較時におけるクリッピングに特化し、ごく簡単な操作で使える
このツールの発想の源泉をたどると、やはり最初の段階の時、買い物の観察で収集した人の行為があります。ある学生が見つけてきた一例に、両手にホチキスをもち、どちらを買おうか首をかしげて悩んでいるおじいさんの様子がありました。実店舗ではみな手に取って見比べたり、試したりしながら購入する商品を決めているのです。一方でオンラインショップの場合、せいぜい写真ぐらいしかありませんので触覚感はありませんが、実店舗と違って距離や時間を気にせずいつでも見て回ることができます。こういった小さな気づきや考察から少しずつアイデアを積み重ねていったのです。
本来の目的は開発を通した学習
このプロジェクトは2007年の4月から12月までの9ヵ月が活動期間でしたが、そのうち実質的な開発期間は秋の2ヵ月ほどです。コンセプトや仕様を決め、プロトタイプ作成に6ヵ月、そして一旦動く状態にしてユーザビリティテストを行い、そこから操作のフィードバック情報を改良するのに1ヵ月かけています。出来上がった成果物自体は、ごくシンプルな機能をもつアプリケーションに過ぎません。最初から問題を与えて開発させれば、機能的にはもっと高い成果物ができたでしょう。
しかし、だからといってこの開発の前後の過程に意味がないわけではありません。学生もよく勘違いするのですが、なぜならこれはアプリケーション開発が目的ではなく、開発を通した学びが本来の目的だからです。彼らはまだまだ発達段階の途中。表面に残った成果ではなく、その過程でなぜその意思決定に至ったのか、そこで何を学んだのかなど、成果物の背後に隠れて見えなくなっていることのほうがよっぽど重要です。例えば、ユーザーテストの際、思いこみだけでつくったインタラクションのルールがユーザーには全く届かず打ち砕かれて凹む瞬間は、それが失敗であっても一生ものの大きな学びの経験でしょう。
今はいろんなことが複雑になり、関連性が見えにくい時代です。仕事が切り離されていると、エンジニアからしてみれば要求や仕様はあるのが当たり前、デザイナーからしてみたらプログラムは動くのが当たり前と、それぞれの労力も想像できず、お互いに譲れない主張ばかりしていがみ合うことになりがちです。でもお互いが理解できる問題意識を持てれば、双方の協力体制の先でより適切な答えを探ることができるはずです。
そういった仲間がすぐ近くにいるということが、我々の学部のいいところです。一緒に悩みながら開発にとり組み、それぞれの仕事の美意識を知る中で、人に対する敬意や謙虚に学び合う姿勢も生まれてくるのではないでしょうか。そういったことは、プロジェクトを終えた学生らが誰よりも一番理解したことだと思います。
写真2:プロジェクトのもう1チームの成果物「HITOKOTO」。買おうかどうか決めかねている時に背中を押してもらうことを狙ったウォークスルー型レビューシステムの提案。商品を持って通ると見知らぬ人が「それ、いいね」とコメントをくれる(実際には商品の販売は行っていない)。傘に絞ってFlashで構築された
写真3:ネットワークデザイン情報学部3年生のプロジェクトチームは、持ち前の好奇心とチャレンジ精神で、短期間でAIRを使いこなし、直感的に使える買い物支援クリッピングツールを開発した(右から上平准教授、大谷さん、森嶋さん、向田さん、水谷さん)
プロジェクトチームの生徒さんの声
「AIRを1から勉強しながらの開発でしたから不安でしたが、プロマネとしてタスク管理に力を注ぎました。デザインの検討とシステム開発のスケジュールが同期できるように、それぞれの進行状況をみんなで把握できるように工夫を重ねました。実際に配布するところまで到達することができてとても嬉しいです」
プロジェクトリーダー:大谷瑠衣さん
(コンテンツデザインコース)
「AIRという名前は聞いたことがあったぐらいでよく実態がわからず、関連するサイトを参考にしながら研究しました。一から新しいものをつくるプロセスと考え方を学ぶことができました。今後も学んだことがいかせる仕事をして、世の中のシステムをもっと使いやすくしたいと思います」
システム構築担当:向田愛子さん
(ネットワークシステムコース)
「Javaで似たようなことをやったことはありましたが、今回のようなことはAIRだからこそできたと思います。授業でやった課題と比べて今回は比べものにならないぐらい難しかったのですが、誰もやっていなかったことに挑戦していることがとても刺激的でした。さらにシステムの知識を身につけて、デザインに柔軟に対応できるようにしたいと思います」
システム構築担当:森嶋晃介さん
(ネットワークシステムコース)
「初めてユーザーテストをやった際、自分が考えたとおりにボタンを押してくれないことが驚きでした。その後何度もチェックを繰り返しながら、より適切な画面のデザインに改良していきました。最初は動きのエフェクトも検討していたのですが、システム開発に負担がかからないよう、大がかりな動きは避けて実現可能なデザインを心がけました」
デザイン担当:水谷健太さん
(コンテンツデザインコース)


