コードを使った作曲技法とパフォーマンス
久保田先生自身が今興味を持っていること、研究していることについても伺いました。まずひとつは、コーディングによる作曲技法。音色と和音を計算によって統合的に扱うというその取り組みは、まさに久保田先生のバックグラウンドがにじみ出ていると言えるでしょう。この詳細はPDFファイルとしてそのほとんどが公開されています。
そして、作曲だけではなく、パフォーマンスに対する追求も行われています。
「ライブコーディングというものを、ここ何年か探求しています。リアルタイムにコードを操作することで音を出し、パフォーマンスをします。ライブコーディングをすることで、楽器を演奏することとコードで演奏することが、どこが同じでどこが違うのか考えてみたい。コンピューターを使ったパフォーマンスは以前から行われていましたが、実際に操作しているところが見えなかったり、聴衆にはデスクトップも見せない。それって、ギタリストやピアニストの手を隠すのと同じだと思うんです。だから、パフォーマンスのときにはコンピューターのデスクトップをスクリーンに映します。自分が見ているものと、観客が見ているものを同じにするんです。楽器を弾きながらコーディングによるパフォーマンスをするといったようなことを通じて、ピアノを弾いている自分とコードを書いている自分を繋げようと思っています。以前『Net worked Code Jokey Trio』と称して、3人で互いのコンピューターにコードを送りながら演奏するライブコーディング・パフォーマンスをSuperDelux(東京・西麻布)でやりました」
互いのサーバにコードを送り合って演奏する「Net worked Code Jokey Trio」のパフォーマンスの様子
計算の概念を拡げ、アートやデザインを考え直す
最後に久保田先生が「最近はまっているのは……」といって紹介してくださったのが「いきもの」でした。冒頭で紹介したビオトープを楽しそうに眺めながら、久保田先生は話します。
「コンピューターの中に計算があるのではなく、広い概念で計算というものを捉えたいんです。例えばこのビオトープ、化学変化が起きて、生命が生きていくということ、これもひとつの計算と言えます。計算というものをコンピューターの外にまで拡張することで、もう一度コードやアルゴリズムといったものを考え直すことができるのではないか。ピアノの鍵盤を押すと音が出る、これも一種のアルゴリズムと言えるのですから」
最近はまっているビオトープ。この水槽の中の変化も「ある種の計算ではないか」と語る
そして久保田先生は、先ほどからテーブルの上に無造作に置かれていた、金属の箱を指差します。
「今、粘菌も飼ってるんです(笑)粘菌はエサの配置によってさまざまな形態に変化しますが、それはプロセッシングのプログラムでカタチを描くのと同じなんじゃないか。迷路ロボットが迷路を解くように『粘菌が迷路を解く』こともできます。そうやって、コードや計算というものを本質から見つめ直すことで、アートやデザインの未来を考えてみたいと思っています」
最後に久保田先生から、アートとコンピューターとの関係についてまとめていただきました。
「創作の場においては、コンピューターを道具として捉えてはいけません。作家にとってコンピューターは道具ではなく、素材なのです。素材と対話し、素材の本性と向きあうことから創作は始まります。コンピューターでもできることではなく、コンピューターでしかできないことを露にしていかなければなりません。そうすることではじめて、コードやアルゴリズム、スクリプトが一体何なのか、ということが分かってくるのです。」


