Education Vanguards Interview 角 康之(すみ・やすゆき)

「例えば展示会や博物館に出かけたとき、大の大人がぞろぞろと一緒に行動するというのも居心地が悪いものですよね。みんな自分のペースで見て歩きたい。でもその一方で『こんな面白いものがあったけど、みんな気が付いたかな』というように、他の人に語りかけたい感覚もあるわけです。そこでこのPhotoChatを使うと、他の人が見つけたものの写真が届いたり、『それどこにあるの?』という返事が来たりする。顔が見えなくても、一緒に歩いているような感覚が持てるのです。あるいは博物館のような場所でも、大勢の見学者に専門職員が付ききりで質問に答えるのは難しいでしょうが、このシステムを使ってみんなの質問に答えることは比較的容易です。実際にある博物館でテストしたときにも、見学者のコメントに職員が答えて、そこにさらに他の見学者から質問が加わるという現象が起こっていました。それがすごくスピード感があって、『繋がっている』という実感がある。まさに言葉がどんどん出てきて、それが共有されていくんです」

大阪万博公園にある民族学博物館でPhotoChat利用実験を行ったときの様子。見学者同士で「こんな展示物があるよ」とお互いの気づきを伝え合うだけでなく、「こんな資料、どうやって手に入れたのかな」「これは私がどこどこでこうやって入手したんですよ」といった、見学者と専門職員のやりとりも生まれた(撮影:佐藤浩司氏)

こうした使い方の他にも、様々な場所でテスト使用を続けるうちに、新しい使い方が次々に発明されたそうです。

「意外な使われ方は、例えば、集合の呼びかけでしょうか。例えばランドマークを撮影して『ここに集合!』とやる。『何枚目に○○さんがいる』といった人捜し遊びをしてみたり、『この指とまれ』という呼びかけのイラストに参加者がドドッと集まって輪を描いたり、多数決をしたり……。研究発表の記録に使った時には、前の席に座った人がボランティア的にスライドの写真を撮って、そこにみんなが手分けしてメモをとるといった協調作業の役割分担が発生したのも面白いです。

さらに他にも、簡易的な写真コラージュを行ってみたり、白紙のページを活用したり、絵を描いてみたりといった使い方もされました。これはつまり、プラスアルファの『構造』まで作ることができるということです。人工知能的なセンスで言うと、取ったデータを後からフォーマライズするためには、最初に共有できる言語辞書をしっかり作って、その枠からあまりはみ出ないように入力しましょう……ということになるけれど、それではなかなか作業が進まない。それよりは現場でどんどん言葉を残していく手段を作りたかったんです。そうして一旦みんなの興味の視点や言葉を外在化させてしまえば、それを後から整理する手段はいっぱいあるわけですから」

PhotoChatをインストールしたモバイルPC。PhotoChatはタッチパネル液晶搭載、カメラ内蔵、無線LAN対応タイプのPCを前提に開発されている。ボタン一つでカメラモードが起動し、撮影後は自動的に書き込みモードに移行するなど、インターフェイスも練り込まれている(PhotoChatソフトウェアはホームページで研究試作版を公開中)

シンプルなインターフェイスを支える技術

写真の上で仮想的な会話をするだけでなく、PhotoChatには、実際に誰が近くにいるかをリアルタイムで表示する機能もあります。どうやって位置情報を得るかというと、何とモバイルPCに内蔵されたマイクで集めた、周囲の音声で認識しているのだそうです。

「『音の場』が同じかどうかが、社会的な意味の距離に近いと僕は思っているんです。例えば大きな展示会場ではよくあることですが、通常はバラバラの場だけれど、そこで大きなデモンストレーションが始まってバーンと音が鳴ると、一瞬のうちに空間が意味的に繋がったりしますよね。従来、位置情報から社会的な関係を解釈しようという研究は多数ありますが、正確に地理的な位置をトラッキングするようなやり方では、いくらやってもうまくいかないんじゃないかと。それよりは、単純なんだけれど、音場の相関関係で空間の近さを測ると、実は直感に近い結果が得られるのではないかと考えています」

お話をうかがうにつれ、PhotoChatの背後には、実は高度な技術が多数隠されていて、その動作をさり気なくサポートしているということがわかってきました。

「他にも例えば、PhotoChatのネットワークはピア・ツー・ピア接続でバケツリレー式にデータを転送しているのですが、こうした話題はアドホック・ネットワークの専門家の間でもまだホットな研究課題だそうです。これを開発した学生は専門家でもないのに、試行錯誤しながら自分でプロトコルを考えて作ってくれたんです。操作や表示についても、例えばシャッターボタンをパソコン本体の特定のボタンに割り当てるとか、撮影後はすぐ書き込みモードに移行させるとか、写真の上に書き込まれた文字はプリクラの『縁取りペン』のように白で囲むとか、細かく考えて作り込んでいます。

また、画像や書き込みには、できる限り多彩なインデックスを自動的に付けて、情報の構造を見るための技術を盛り込んでいます。文字認識エンジンを搭載しているので、書き込まれた文字自体によるタグも付けられます。撮影場所のGPS情報を写真に書き込むこともできます。こうした情報が加わることで、インデックスがどんどんリッチになっていくわけです」

インタラクションが育てる「インタラクション支援」

こんな高度な技術が盛り込まれていながら、PhotoChatの使い勝手は直感的そのもの。フィールドワークでは、小学生に使ってもらったこともあるそうです。「入り口から『これは本当にすごいんです。で、使い方も難しいです』と言うと、利用者を巻き込めないんです」と角先生。それよりは、「え、これが情報工学なの?」とちょっとバカにされるぐらい当たり前のものを提供するところからスタートして、いろんな人に使ってもらい、そこから得られることはとても豊かだと言います。

「実際に作って、それを使って、別の立場の人から刺激を受けて新しい展開が始まるというのは楽しいですね。技術開発という面からみれば『出来上がりました、後はダウンロードしてご自由にどうぞ』というレベルで手から離してしまうほうが効率はいいのかもしれないけれど、僕はそれじゃあ最後の面白いところが無くなっちゃうと思います。僕にとって、使った人がどう反応するのかを見ることが、一番の糧になるし、研究成果のご褒美んです。僕は学生のときに人工知能を専門とする研究室に所属していたわけですが、機械的な人工知能というよりは人間自身、人間の頭そのものを理解することに興味があったんです。そのため、知識獲得のための支援システムや人同士のコミュニケーション支援について研究してきました。そうなると、『これだけパフォーマンスが上がりました』という従来の工学的な基準では評価しきれない部分がいっぱい出てくるんですね。だから、まずは自分が本当に使いたいものを作る必要がある。さらに、自分だけでは人を説得できないから、大勢の人に使ってもらうことが不可欠。『人に使ってもらえるものを作らなければ話が始まらない』という姿勢は学生の時から一貫しているように思います」

研究者=自分が主役の研究所から、学生が主役の教育現場へ移られて、約5年が経過した角先生。「自分だけで作り出せるプロダクトには限りがあるけれど、人を育てることで社会に与えられる影響はいくらでも可能性がある」と感じるようになったそうです。

「育てるなんてまだ言えないけれど、僕らと一緒にいる時間に影響を受けた人が将来社会に出たとき、自分ができる以上のことをやってくれる可能性は大きい。そういう関係が持てるのが、大学の良さではないかと思うようになりました。そして大学では、問題解決の手法を講義で学ぶことよりも、問題発見のトレーニングをフィールドで共有することのほうが大切だと僕は思っています。社会で求められる能力とは、あらかじめ解答がわかっている問いに100点で答えることじゃなくて、そもそも何が問題かを見つけることや、自分だけでは解けない問題を、一緒に取り組んでくれる人を探してきて、チームを組んで当たることですよね。

そうした現状を踏まえて僕ができるのは、学生たちを、制作の現場や作ったものを人に使ってもらえるフィールドに連れ出すことだと思います。せっかく総合大学にいて、ちょっと外に出れば文学部の人や博物館の人もいる。そうした異分野の人たちとインタラクションできるよう、ほんの少し肩を押すことが自分の仕事なのかなと思っています」

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